古田武彦と古代史を研究する会(東京古田会)へようこそ‼

古田武彦氏は、1971年『「邪馬台国」はなかった』を上梓し古代史研究に一大センセーションを巻き起こしました。
中国史書魏志倭人伝に登場する「邪馬台国」は、ただしくは「邪馬壹(壱)国」で、九州博多湾岸に存在した、ことを論証したからです。
当会は、古田武彦氏の研究の業績と方法論に基づいて、日本の古代史を探求する集まりで、1981年に発足しました。

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   つがるそとさんぐんし     わだけもんじょ               

『東日流外三郡誌』・「和田家文書」の真実

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当会では30年前「偽書」と断じられた『東日流外三郡誌』の真実を解明 すべき「和田家文書研究会」を立ち上げ、課題を1件ごとに検証を進め ております。莫大な文書、絵図、逸話、語部録等を紐解き「ひとつ」 でも真実を掴むために!今も続けております。

下段の項目ボタンをクリックして紐解いてみてくださいー
北鑑 和田家文書コレクション 和田家資料1~5 天内・天真名井家文書

東京古田会の活動

月例会報告

古代史トピック

研修旅行(史跡見学等)

古田武彦記念古代史セミナー

古代史トピック

 
 

古田武彦 主な著書

その他・書籍案内



お知らせ

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令和8年度 定時総会開催報告

【日 時】

令和8年5月30日(土曜日)  13時から16時

【会 場】

中央区・明石町区民館 ◆参加者:17名 ◆リモート参加者:若干名

定刻13時から斎藤幹事長の司会のもと、開会あいさつ、安彦克巳会長挨拶の後「定時総会」に、最初に議長選出、橋本正浩氏が推薦され全員の賛成で議長席につき挨拶のあと議案に入りました。

【定時総会】
  司会・斎藤 隆雄氏  議長・橋本 正浩氏
1・令和7年(2025年)年度活動報告  斎藤 隆雄
2・令和7年(2025年)年度会計報告  中村 忠夫
3・令和7年(2025年)年度会計監査報告  小嶋 康寛
  1~3の議案について事務局報告書の通り承認されました。
4・令和8年(2026年)年度活動方針(案)  斎藤 隆雄
5・令和7年(2026年)年度会計予算(案)  中村 忠夫
6・令和8年(2026年)年度役員選出(案)  斎藤 隆雄
  4~6の議案についても事務局原案の通り承認されました。

◆何件か審議がありましたが事務局原案通り議長の裁量で承認され総会は無事終了し新しい年度がスタート致しました。会員の皆様のより一層のご協力もお願い致します。

上記「定時総会」次第はこちらを こちらをクリック してお読みください。

【休 憩】
【特別講演会】 演題 「二倍年歴」説は成り立つのか
講師 國枝 浩氏

「論点」二倍年歴については諸説ありますが今回は古田武彦氏の『邪馬台国はなかった』
『失われた九州王朝』で知られる【古代の天皇の寿命が長いのは「春耕秋収」に原因がある】の見解を主に「二倍年歴」説は成り立つのかを『日本書紀』に記されている天皇の、生誕年、天皇在位年数、没年、書かれている記事等を1代神武から40代天武までを拾い出して見やすい年表にしてこと細かに解説をした。又中国の文献からも同様な方法で調べたところ同じような傾向が読み取れ、在位年数の長いのは日本の天皇だけでないとの結論を述べ日本の「春耕秋収」による二倍年歴はないのでは?それでは人間の寿命が長い時代とは思えない時代に「寿命が長い」「在位年数が異常に長い」天皇がなぜ存在するのか?史書の不完全さ、あるいは史書をより魅力的に見せる為に人為的に生み出され、在位年数が異常に長い為政者が存在する事になったのではないだろうかと述べられた。

演題内容の詳細はこちらを こちらをクリック してお読みください。


※東京古田会では古代史、古墳や古い神社、仏閣、に興味のある方や古事記、日本書紀 を読んいる方、読んでみたい方など新しい仲間の入会をお待ちしております。

入会案内
東京古田会は新規会員を常時募集しています。古田武彦や古代史に興味のある方、どうぞお気軽にお問合せ下さい。又、入会ご希望の方や、本会にご興味のある知人・友人の方をご紹介ください。入会希望の方は「事務局」に電話又はメールで住所・氏名等をご連絡ください。事務局へのメールは こちらをクリック
年会費は4,000円になります。

6月 月例会

【日 時】

令和8年6月27日(土曜日)  13時から17時

【会 場】

中央区 明石町区民館 洋室8号  アクセスはこちらをクリック

【第一部】

1. 研究発表

『東日流六郡誌』から見える日本の古代  鈴木 浩氏

2. 懇談会

 

【休 憩】

【第二部】

1. 勉強会

題名:「古田武彦著作集」から『邪馬壹国の論理』その1
新保 高之氏

2. 読書会

題名:『日本書紀』「清寧天皇紀他」を読むその2 新保 高之氏



7月 第64回「和田家文書研究会」例会

【日 時】

令和8年7月11日(土曜日)  14時から17時

【会 場】

中央区・勝どき区民館  アクセスはこちらをクリック

発表

1.『陸奥話記』と「和田家文書」 その8  菊地 栄吾氏
2.「和田家文書」報告  安彦 克己氏



7月 月例会

【日 時】

令和8年7月25日(土曜日)  13時から17時

【会 場】

中央区・明石町区民館  アクセスはこちらをクリック

【第一部】

1. 研究発表

「遥かな古代縄文期における祭礼」
磐笛(いわぶえ」奏者   玉川 沙羅さん

2. 懇談会

 

【休 憩】

【第二部】

1. 勉強会

題名:「古田武彦著作集」から『邪馬壹国の論理』その2
新保 高之氏

2. 読書会

題名:『日本書紀』「清寧天皇紀他」を読むその3 新保 高之氏



8月 月例会

【日 時】

令和8年8月29日(土曜日)  13時から17時

【会 場】

中央区・ー後日お知らせー  アクセスはこちらをクリック

【第一部】

1. 研究発表

「『日本書紀』の記事移動」    正木 裕氏

2. 懇談会

 

【休 憩】

【第二部】

1. 勉強会

題名:「古田武彦著作集」から『邪馬壹国の論理』その3
新保 高之氏

2. 読書会

題名:『日本書紀』「清寧天皇紀他」を読むその4 新保 高之氏



和田家文書研究会と秋田孝季集史研究会共催
「和田家文書」みちずれの秋田と世界遺産(縄文遺跡)を訪ねる」
研修旅行報告

2026年5月14日秋田新幹線・大曲駅に弘前・福岡・愛媛・仙台・東京の各地から17名の方々が元気に集合し3日間の研修旅行を始めました。天候にも恵まれ新緑の秋田北西部の遺跡、『東日流外三郡誌』ゆかりの地を当初計画通り全員元気に探索、郷土料理も堪能致しました。
詳細についてはホームページ左段の研修旅行ボタンをクリックしてご覧下さい。下段に何か所か参加者の報告をアップ

◆払田柵跡
払田柵跡にある秋田県埋蔵文化財センターでは秋田の遺跡発掘の歴史が紹介され、特に黒曜石の秋田県内での流通経路が詳しく紹介されています。それによると黒曜石は男鹿半島付け根の脇本遺跡に集積されてから、秋田県内各地に分配されたようです。脇本遺跡が縄文時代の交易の中心地だったのです。
大仙市の史跡払田柵跡は明治33年(一九〇〇)に発掘された柵跡(角材列)で、昭和6年に秋田県初の国史跡に指定されました。創建は柵跡杉材の年輪年代測定法で802年頃と特定され、嘉祥二年(849年)と記す木簡も見つかっています。払田柵は10世紀後半、柵南側が河川洪水による堆積層に覆われ、その後放棄されたと考えられています。なお払田柵東門が岩手県の志波城方向に向いていて志波城との関連が推察されると、払田柵跡資料に掲載されています。
払田柵は「拂田柵」として、江戸時代に記された「北鑑第十二巻廿」に「伊治城・雄勝柵・胆沢柵・志波柵」などと一緒に紹介されています。払田柵は明治の発見ですから、「北鑑」がその存在を予言したことになります。その払田柵の真南(字安城寺)に荒羽祇(アラハバキ)神社が今も存在します。

◆(世界文化遺産)北秋田市伊勢堂岱遺跡

北秋田市の伊勢堂岱遺跡は、昨年訪問した青森の小牧野遺跡と同じ環状列石遺跡です。ここは四つの環状列石が隣り合う大型祭祀場跡で、しかも周囲から掘立柱建物群や土坑墓・貯蔵穴・溝状遺構が見つかり、また土偶や祭祀・儀礼の道具も多数出土し、縄文時代後期(紀元前二千年前~紀元前千七百年頃)の人々の生活の実態を詳しく知ることのできる場所です。
大館能代空港へのアクセス道路建設工事中に発見され、1994年秋田県教育委員会が発掘調査を開始し、1995年直径約32mの環状列石Aと弧状の環状列石Bを発見。さらに1996年に環状列石C(直径45m)を確認。3つの環状列石が発見されたことで、地域住民や県民から遺跡の現地保存を求める声があがり、1996年12月道路計画を中止し道路を迂回させ遺跡を保存することになりました。


◆安倍安東家の真山神社・五社堂・脇本城
真山神社(光飯寺跡)を見学。現在の真山神社は江戸時代の建物ですが、一千年と言われる栢(かや)の木の近くにある光飯寺説明版に「光飯寺の宝物に安倍貞任の軍配扇がある」と、安倍安東関連施設であることが表示されています。本山五社堂、ここは赤神山日積寺(にっしゃくじ)跡で、『和田家文書』に「安倍貞任の父頼良の弟安倍良照が厨川合戦で行方知れずとなるが、日積寺に葬られた」と記されています。ですから、安倍良照が貞任の軍配扇をこの地にもたらしたと考えることができ、地元の遺物(宝物)と『和田家文書』がみごとに一致する事例となります。なお現地五社堂では、並び立つ五社のうち右から二つ目の社の神がアラハバキと紹介されます。実は「真山・本山セットの存在」は払田柵・大鳥井山遺跡・柳之御所(平泉)すべてに共通し、真山が宗教施設、本山が館の場所となっています。
次は十六世紀の安東家の居城脇本城跡。脇本は縄文時代から交易の中心地で、その歴史が近世まで続いていたことになります。

 

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古代史トピック

  ≪トピック 32≫

ピラミッドよりも昔なのに...
湖底で見つかった古代の船が明かす、
ー古代の人々の超技術ー

<古代の人々も、生物工学やシェアバイクなど、現代でも通用するアデアを持っていたようだ>

湖底に沈んだ太古の船が、古代文明の秘密を明らかにするかもしれない。米ウィスコンシン州歴史協会の研究者らは、2021年にメンドタ湖の湖底で約1200年前のカヌーを発見したのを皮切りに、これまでに16隻の古代のカヌーを発見した。その中にはなんと、エジプトのギザの大ピラミッドが建設される以前に作られた可能性があるものがあるとゆうのだ。放射性炭素年代測定により、発見されたカヌーがそれぞれいつ頃のものなのか、おおよその年代が明らかとなった。結果、最も新しいものは約700年前のものだったが、最も古いものは約5200年前のものだと分かった。本当に5200年前に作られたとすれば、そのカヌーはエジプトのギザの大ピラミッド建設よりも古く、シュメール文字発明とほぼ同時期ということになる。この発見は、米五大湖地域で、数千年にわたり繁栄していた文明が存在した可能性を示しているだけにとどまらず、当時の人々が耐久性のある水上交通手段を製作する技術と知識を有していたことをも示した。研究者らはカヌーを移動手段として利用しただけではなく、いくつかのカヌーの中から網の重りが発見されていることから、魚などの天然資源を確保するためにカヌーが使用されたと考えているようだ。


生物工学やシェアバイクも、古代から存在していた?

メンドタ湖で発見された最も古いカヌーは、五大湖地域で発見されたカヌーの中で最古のものであり、北米東部全体でも三番目に古いものだ。 16隻のカヌーのうち半数は、レッドオークまたはホワイトオーク(いずれも北米原産のナラの一種)で作られている。特に、水を吸収しやすく、通常は水上用の船体には使用されないレッドオークを使用したという点は研究者たちの興味を引いた。オークが用いられた理由についての現在有力な説は、オークは傷や感染症、加齢といったストレスを受けると、「チロース」と呼ばれる細胞の突起を形成する性質があるからというものだ。チロースは水の移動を妨げ、菌類や細菌の広がりを防ぐだけでなく、木材の耐水性、浮力、腐敗への耐性を高める働きを持つ。 ウィスコンシン州歴史協会の海洋考古学者タマラ・トムセンは、「カヌーの製作者たちは、嵐などで損傷した木を意図的に選んでいた、あるいは成長過程で意図的に傷つけてチロースの形成を促していた可能性がある」と語る。 「バイオエンジニアリングは現代的な技術だと考えられがちだ。しかし、その概念が生まれる20世紀半ばよりもはるか昔から、同様の発想が存在していた可能性がある」 また、これらのカヌーは大きく分けて湖の2カ所から発見された。研究者たちはこれを、特定の地点間の移動を可能にし、天然資源確保を容易にするため、戦略的に配置されたことの証だと見ている。さらに、これらのカヌーは個人所有ではなく、共同体の中で共有され、特定の場所に保管されていたと考えられている。これは、現代のシェアバイク制度に似た仕組みともいえる。スペリオル湖チペワ族バッドリバー・バンドの部族歴史保護担当官ラリー・プルチンスキーは、これらのカヌーについて「洗練された移動ネットワークと、相互につながった共同体の存在を示すものだ。古代の人々は卓越した技術と知識を駆使して、この土地で生き抜き、繁栄していたのだ」と語った。「そして我々も今、同じ土地で生き、繁栄している」古代の人々の知恵は、現代人の我々から見ても、なかなか侮れないのかもしれない。



万葉集オンライン学習会の案内


東京古田会会員の広幡文氏による「万葉集オンライン学習会」が始まりました。
広幡氏は永年、万葉集の歌を詠み解き,歌が詠まれた時代背景、古事記、日本書紀などに書かれている事柄との関係を研究されております。
この機会に会員方、会員でない方、学生の方、どなたでもパソコン、スマホをお持ちであれば参加できます。詳細は下記案内を参照ください。参加費は無料です。
金銭的な問題はありませんが内容等に疑問、不審点があるときは東京古田会事務局までご連絡ください。

info@tokyofurutakai.com


ーいよいよ始まりましたー

初回6月14日(日曜日)午前9時30分から福岡、大阪、関東、宮城、等
各地から12名の方が参加され「万葉集オンライン学習会」が開かれました。
最初に主催者の広幡さんから「学習会」に参加登録された20名の方々へ感謝の言葉、リモート参加者の自己紹介の後、今後の会の進め方が説明されました。
途中質疑応答がありましたが11時頃「第1回の学習会」を修了致しました。


次回は7月12日(第2日曜日)09時30分から
ぜひ大勢の方に参加して頂けます様、お待ちしております


◆参加者の声:東京都橋本正浩さま◆

主宰者の広幡文氏しから、熱のこもった方針が示され、熱心な意見も数人から出されました。今後、広幡氏から示された、いろいろなテーマに対するご意見が、メンバーから出されるようになると、白熱した議論も期待できると感じました。 今後、出席者がふえる事を願って活発な活動になる事を願っています。



ー解説されたテーマと万葉集の謎ー


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古代史講演会in 池上会館報告  講師:服部静尚氏

日時:2026年5月17日(日)14時~16時
第4回 「瓦と須恵器」考古学の解釈に異議を申す
講演聴講者からの投稿
千葉市倉沢良典
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講演内容
(1)古代寺院の創建年代は瓦から推察される

①石田茂作氏『飛鳥時代寺院址の研究』の紹介
②中国および朝鮮半島における古代瓦の変遷
③全国に分布する「素弁蓮華文」

(2)須恵器が語る飛鳥―7世紀の空白―
①日本列島における須恵器の始まり
②須恵器の「杯」(お茶碗)の変遷
③『日本書記』の記事を絶対視する須恵器編年
④考古学会で発表した新しい暦年基準の提案
⑤7世紀中葉の飛鳥における考古学的空白


講演聴講者からの投稿
千葉市 倉沢良典


初夏の爽やかな日曜午後、東京池上会館には約30名の古代史ファンが集まりました。
若い男女の方も数名参加でした。定刻前に服部さんからユーチューブにアップしている講演会の動画が、「古事記」の回が2万余回の再生、「天皇になれなかった高市皇子と長屋王」の回が3.6万回再生になり、ユーチューブ本社からもっと再生が伸びるように紹介ページにアップしたとメールが来たとのことでした。
今回のテーマの軒丸瓦は時代順に、素弁蓮華文軒丸瓦→単弁蓮華文軒丸瓦→複弁蓮華文軒丸瓦、と変遷した。拓本では素弁と単弁の見分けが難しい場合がある。とのお話でした。軒丸瓦の中心部分の円形内は胡瓜の断面のような模様に成っていると仰られた瞬間、博多山笠の祭り期間中は胡瓜を食べない、と言う言い伝えを連想しました。もしかして何か関連が有るのでしょうか?
次に須恵器の分類と年代順の説明があり、従来説の年代順の疑問点を挙げられて、服部氏の研究で解明した新たな年代順の紹介がありました。
6月の回からは開始時間を13:30からにするとのことでした。参加の方は13:00を目途に来られると余談も聞けてきっといっそう面白いです。


講演内容はYouTubeチャンネル【八鳥ちゃんねる】で聴講できます。

https://www.youtube.com/@hattori_yao

チャンネル登録をお願い致します。

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「第4回」は6月21日(日曜日)13時30分から
題目 「いつから天皇になったのか」三種神器とアメのスメラミコト

ぜひお誘い合わせてご参加をお願い致します

会場:東京都大田区池上1-32-8 池上会館 3階会議室



入会案内
東京古田会は新規会員を常時募集しています。古田武彦や古代史に興味のある方、どうぞお気軽にお問合せ下さい。又、入会ご希望の方や、本会にご興味のある知人・友人の方をご紹介ください。入会希望の方は「事務局」に電話又はメールで住所・氏名等をご連絡ください。事務局へのメールは こちらをクリック
年会費は4,000円になります。

東京古田会ニュース原稿募集
東京古田会では会報「東京古田会ニュース」へ掲載する論文・小論・古代史雑感などを募集しています。住所・氏名を必ず明記のうえ500字から5,000字程度にまとめて、事務局」までメールにてお送り下さい。ただし、特定個人への中傷や古代史と無関係な場合は掲載をお断りすることがあります。予めご了承ください。また、他紙などへすでに 投稿しているものとまったく同じ内容の原稿は原則として掲載できません。 掲載の可否については編集会議で決定させていただきます。

尚、掲載された原稿は当会に著作権があるものと致します。

事務局へのメールは こちらをクリック